【FGO】人理修復を終えて

 前回は第六特異点を修復したところまでで語りましたが、わたくしもこの終末で無事人理修復を迎えることができました。

 

 第七特異点は最終戦に冥界の護り+花の魔術師が付くので、案外楽でしたね。竹箒日記でも触れられてますが、最強の11体に即死耐性がないのワロタ。しかし即死が効くからこそ「あのサーヴァント」が輝くわけで、まあ意図的な演出だったのかという気もします。

 ストーリー、特に後半はエグいとしか言いようがないのですが(マブラヴオルタナティブ世界を思わせる)、善悪の話ではなく種としてどちらが生き残るかという話だとわたしは受け取りましたので、嫌悪感はありませんでした。ゲスなやつのゲスいところを強調する話ではなかったんで……

 

 終局特異点に関しては、ぶっちゃけるとネタバレを事前に見ていたので、損した感じは否めませんでした。今からFGOやる皆様にはネタバレは見ないでプレイするといいのかなと思います。そうしたら違った感動があるのかもしれない。

 

 意外だったのは、結局ゲーティアさんが人理焼却に走った衝動――つまり何故人間の不条理を正そうと考えたのか――が、「この不条理は許せない、許されるはずがない」という極めて人間的な考えの元に行われていたことです。生前におけるソロモン本人が人間的感情をいっさい持たず粛々と自分の任務をこなしていたのに対し、むしろ魔神72柱のほうにこそ人間的感情があったというのは極めて皮肉的で面白いです。

 ↑は個人の解釈なんで、制作者はそんなこと考えてねーよとかだったらすみません。

 

 極めて個人的な話をすると、スタッフロールで「アザナシ(TYPE-MOON)」の文字を見たときに一番驚愕しました。言うまでもありませんが、アザナシさんというのはかのリトルウイッチでプログラムを担当した人、つまりFFDシステムを実現した人です。

 FFDのコンセプト=「こんなことやりたい」って考えたのはビッグランス大槍先生ですが、その無茶振りを実現してしまったのがアザナシさんなんですよね。おそらく、アザナシさんがいなかったらFFDは実現せず、『白詰草話』は別のゲームになっていたでしょう。それくらいのすごい人。リトルウイッチが円卓でビッグランス先生をアーサー王=アルトリアとするならば、アザナシさんはマーリンというべき存在だった。僕の知る限りにおいて、大槍先生と同格もしくはそれ以上の天才かもしれない人。

 

 なのでまあ、その実力が認められてTYPE-MOONに行ったってことは、個人的にはとても嬉しかったです。わたしはベティヴィエールどころかそもそも円卓に座ることさえできなかったクソザコなので、偉そうなことを言う資格は皆無なんですが。

 

 あとすごくどうでもいいんですが、うちの職場でも先月末に特異点が発生しまして。その人たしかに製品知識はあるんだけど他人(ぼくを含む)を全員見下していて「頭悪い人間と一緒に仕事したくない」とか言い出しやがったので、全力で修復にあたっていました。そのせいでめっちゃ疲れた。

 たぶんこちらの言い分が認められれば彼女は異動もしくはクビ(他人への協力を完全否定したので、会社で働くこと自体が不可能。自営業でもやっていただきたい)になるでしょうが、別にこちらも好きで彼女を追い出したいわけではないのです。これはどちらが良い悪いかの問題ではなく、ライオンとウサギは同じ檻では暮らせないという生存競争の話にすぎません。

 そんなこんながリアルでもあったので、FGO第一部のテーマは僕にとってはタイムリーでした。この時期にこのゲームに出会えた幸運に、心から感謝したいです。